ジャスティン・ウィルソン亡くなる

2015年08月25日



2015年8月24日インディアナポリス
8月23日にポコノレースウェイで行われたレースで飛んできた破片を頭部に受けて危篤状態となっていたジャスティン・ウィルソンでしたが、搬送先のリーハイバレーヘルスネットワークシーダークレスト病院で亡くなったことをインディカーが発表しました。37歳でした。

インディカーCEOのマーク・マイルズは声明を発表し「今回の件はインディカーのみならずモータースポーツ業界においてこれ以上にない悲劇である」と述べ、「ジャスティンは優秀なドライバーであるだけではなく、謙虚で温厚な性格は誰からも尊敬された存在だった。彼と共に作り上げてきたこのレース業界は大きな家族も同然であって、今後は我々はこの厳しいな現実の中でジャスティンの家族たちを全力で支援していく。」と述べています。

イギリス出身のJウィルソンは2003年にF1でミナルディとジャガーから出走。2004年にコンクェストレーシングからチャンプカーワールドシリーズにデビューし、2006年と2007年にはランキング2位となっています。

2008年からはニューマンハースレーシングに移籍してインディカーシリーズに合流し、その年のデトロイトで1勝を挙げて当時は病床にあって今は亡きポール・ニューマン氏に生前最後の優勝をささげています。

2009年にはデイルコインレーシングに移籍しましたがワトキンスグレンで優勝し、チーム創設苦節25年での初優勝をチームオーナーのデイルコイン氏にもたらしました。

今季はアンドレッティーオートスポーツから5レース出走し、ラップリード5回トータル44周を記録、ミッドオハイオではレース終盤にGレイホールと激しいバトルを演じて2位フィニッシュしています。

キャリア174レースで7勝を挙げ、ポールポジションは8回、表彰台27回、TOP5フィニッシュは47回、TOP10フィニッシュは94回を記録しています。

F1出身のJウィルソンはロードストリートでその才能を主に発揮していましたが、2012年のテキサスではオーバル初優勝を挙げ、これが最後の優勝と成りました。

ウィルソンはロードバイクやマウンテンバイクを楽しむ自転車愛好家でほかにも難読症、識字障害を患う子供たちを支援して、レースウィークエンドには近くの学校などの訪問をしていました。

家族は奥さんのジュリア他、二人の娘さんがいて、実弟のステファンもレースドライバーをしています。

葬儀などの予定はまだ未定で、インディカーでは家族たちへのお見舞いを受けつけています。
Wilson Children’s Fund, c/o INDYCAR, 4551 W. 16th St., Indianapolis, IN 46222.