インディ500の歴史は技術革新と安全性向上の歴史

2020年08月04日


https://www.indianapolismotorspeedway.com/news-multimedia/news/2020/08/03/indianapolis-500-has-incubated-endless-advancements-in-automotive-technology-safety

今年で104回目の開催を数えるインディアナポリス500マイルレース。その1世紀にも及ぶ歴史は技術革新と安全性向上の歴史でもありました。

インディアナポリスモータースピードウェイ(IMS)が完成した20世紀初頭は、インディアナポリスはデトロイトに並ぶ自動車産業の街として発展。その自動車産業の要となるテストコースとして1909年にIMSは完成しました。

そして、1911年に第1回インディ500が開催されて以来、多くのヒーローが生まれてきましたが、さらには優秀なメカニックやエンジニア達も輩出し、技術の粋を集められたレースカーはより速く、より強く、より美しく進化を遂げていきました。

第1回インディ500の優勝マシン、マーモンWASPは地元インディアナポリスの自動車メーカーマーモン社の技術者であったレイ・ハルーンが設計、製作し、自ら500マイルを走ってレースを制しました。

そのマーモンWASPは尻すぼみのシェイプで空気の流れを考慮しただけではなく、世界初のバックミラーを搭載した自動車となりました。

当時のレースカーは助手席に助手が乗る二人乗りが基本でしたが、タイヤトラブルを嫌ったハルーンは軽量化を優先して助手席を廃止し、当時としては画期的な一人乗りのレースカーを生み出しました。

しかし、他の参加者からは一人乗りでは周囲のレースカーの動きがわからずに危険だとクレームがつき、急遽バックミラーを取り付けたのでした。

その2年後にインディ500を制したのはフランスのプジョー。直列4気筒エンジンにはDOHCシステムとターボチャージャーが搭載されました。今でもターボチャージャーはインディカーでは標準装備となっています。

プジョーワークスの撤退後は第1次世界大戦をはさんでアメリカ人エンジニアのハリー・ミラーがプジョーエンジンをもとに製作したDOHC直列4気筒エンジンが主流となり、欧州のグランプリ規格に合わせて排気量の引き下げが度重なった結果、失ったパワーをスーパーチャージャーで補うようになります。

1933年の世界大恐慌でミラーはエンジン製作所を閉鎖。その従業員だったフレッド・オッフェンハウザーとレオ・グーセンがエンジン制作を引き継ぎました。

その後は”オッフィー”と呼ばれたオッフェンハウザー製作のエンジンは以後41年間にわたってインディ500で通算27勝を記録。戦後の1947年から1964年には18連勝を記録しています。

エンジンの製作でで名を馳せたハリー・ミラーは車体の製作に関しても斬新なアイディアを取り入れ、清流効果を考慮した流線型の車体や、タイヤの消耗を考慮した前輪駆動車、四輪駆動車、リアエンジンのレースカーなどを開発し、1922年から1938年の間にミラー製のレースカー6台とミラー製エンジンを搭載した12台がインディ500を制しています。

リアエンジンのレースカーは1961年のクーパークライマックスの出現よりも23年も前にミラーが制作し、6輪車はF1ティレルP34が出現する約30年も前にIMSを走っていました。こちらの6輪車は後輪が2軸でした

インディカー初のウイングは1962年にレースカービルダーとして有名なスモーキー・ユニックによってワトソン・ロードスターに搭載され、ユニックはその後にコクピットがエンジンの内側にある”サイドカー”を制作しています。

そしてレースカーに最も大きな技術革新をもたらしたのがレースカービルダーでドライバーでもあったダン・ガー二ーが発明したガー二ーフラップでした。これによって予選速度は1971年の 178.696mphからたった1年で195.940 mphと17mphも一気に速度が増加し、史上最高の速度アップを記録しています。

その後は車体の技術革新はジム・ホールに受け継がれ、1980年インディ500を制したジョニー・ラザフォードがドライブしたシャパラルK2”イエローサブマリーン”に採用された車体下部のアンダートンネルが発生するグラウンドエフェクトは現在のインディカの基本技術となっています。

80年代以降はシャシーではマーチ、ペンスキー、ローラ、レイナード、Gフォース、ダラーラが参戦し、現行のダラーラIR-18シャシーには今年からエアロスクリーンが搭載されるようになりました。

2002年にはSAFERバリアーが導入され、それ以降はヘリコプターによる救急搬送は一度も行われていません。

1967年にグッドイヤーはそれまで43大会連続で勝利してきたファイアストンタイヤの連勝を止め、現在では5月中にタイヤトラブルが発生することはまずありません。

この103回の大会の間にレースカーは大きな進歩を遂げてきましたが、今後の100年間でレースカーはどのような進化を遂げていくのか。燃料は何が使われているのか?内燃機関は使用され続けるのか?ウイングに変わる空力パーツは登場するのか?ミラー、チャップマン、ガー二ー、ユニックに続く天才技術者は出てくるのか?第200回大会の光景は全く想像がつきません。