琢磨選手は困っているのでは?

2015年07月03日

故意と過失は違います。故意に接触させて自分はダメージを全く受けることなく相手にだけきれいにダメージを与えることができるのならば、コーション中だとしてもそうとう器用なドライバーだと言えますね。

でも実際にはそうではないと思います。

スタート間際のチェックアップによる接触などよくあることです。

琢磨選手本人がカラムに腹を立ててヒステリックになっているのかと言えばそうではなく周りが過剰反応しているだけに思えます。

こんな状況に琢磨選手は困惑しているのではないでしょうか?

パックレーシングと危険性

2015年07月03日

スリリングだった3時間のレースを手に汗かいて観戦した後に、Wパワーらのコメントに冷や水をぶっかけられて複雑な心境になってしまった人は少なくなかったのではないでしょうか?

幸か不幸か、派手なクラッシュでレースは幕を閉じ、その後のインタビューでは立て続けにレースに対して辛辣で批判的でなコメント発したのですから無理もありません。たまたま生放送でインタビューした最初の3人がレースを批判したわけですが。

今回のレースに対してヒステリックに2011年ラスベガス戦を引き合いに出すのは私は正しくないと思います。飛躍しすぎです。

1999年にフォンタナのレースでグレッグ・ムーアを失った時に「こんなレースは危険だからやるべきではない」なんて声はありませんでした。1996年のトロント戦でもしかりです。

まして、ハイバンクのテキサスやシカゴのパックレースで宙を舞ってフェンスに激突し大けがを負ったケニー・ブラックやライアン・ブリスコーからパックレースに関して否定的なコメントは出ていません。

今回のレースはパックレース(集団走行でのレース)というよりかは”自由自在ににラインが取れるレース”と定義したほうが正しい気がします。密集しすぎて行き場に選択の余地がなかった2011年ラスベガス戦とは状況がだいぶ違います。

この違いを冷静に正しく分析できるかどうかは重要です。

事実、フォンタナ戦はパックになることはありましたがドライバーは3ワイドの真ん中になったらバックオフ(アクセルを戻すこと)するなどの選択肢がありましたし、事実そうして接触を回避しているシーンはそこかしこでした。密集しすぎて身動きが取れなかったラスベガス戦とは全く違います。

行き場がなくパックにならざるを得なかったラスベガス戦とは違って、フォンタナ戦ではドライバーの意思で自由にラインをとって横に並んだり隙間に入って行ったりしていました。

火曜日には家族でディスニーランドで過ごしたというEカーペンターはそのあとにインディアナポリスのTV局、WTHRの電話取材を受けていますが、「レースをする側の人間が公共の場で平然と不平を言っている限りはそのスポーツの成長はあり得ない」とコメントし「レースに対して様々な意見を持つことは自由だが、それを最初にファンにぶちまけるべきではない」と付け加えています。

さらに、「レースというものはあらゆることにおいて危険なのであって、自分にとっていつが最後の日になるのかはわからない。腹が立つのはあるドライバーがパックレースのみをその標的にしていることだ。ダンはパックレースで命を落としたが、ダリオはストリートでレースキャリアを終えた。ロードコースで命を落としたドライバーは大勢いる。トニー・レナは1台だけのテスト中の走行で命を落とした。あらゆることが危険だがそれは問題ない。自分が選んだ道だからだ。」と答えています。

Eカーペンターの主張を要約すると、「いやなら勝手に降りればいい、俺まで巻き込むな」ということです。
http://www.wthr.com/story/29444033/kravitz-indycars-carpenter-takes-aim-at-fontana-critics

この件に関してはいろいろな意見があるでしょうが、コメント欄へぜひどうぞ。