2016シーズンに向けて安全性を向上

2015年11月25日



インディカーは2016シーズンに向けて、安全性を向上させるためにより多くのエアロパーツにテザーを装着することにしました。

テザーはザイロン繊維の束でできている”紐”です。1999シーズン以来インディカーではタイヤのハブベアリングを収めるアップライトとシャシーをの間、リアウイングのメインプレーンとギアボックスの間にテザーが装着され、タイヤやリアウイングの飛散を防止していました。

2016シーズンからはリアのビームウイングとリアホイールガードはすべてのイベントでテザーが使用され
フロントノーズコーンに関してはスーパースピードウェイ(1.5マイル以上のオーバル)で使用が義務付けられます。

ダラーラはさらに2016シーズンに三ヵ所で行われるスーパースピードウェイイベント(インディ、テキサス、ポコノ)向けにフロントウイングのメインプレーン用のテザーも準備するとしています。

2016シーズンより採用されるそのほかの変更点は以下の通りです。

○アンダーボディの両サイドにドーム型スキッドプレートを装着し、レースカーがスピンして進行方向に対して横向きになったり後進するような場合に車体の浮揚を防止する。
→インディ予選やフォンタナ戦でのエアボーン事故を防ぎます。

○ECUによって燃料補給ホースがレースカー接続されている間にはニュートラルギアからはギアチェンジできないようにする装置を改良し、ニュートラルではないギアポジションで燃料補給ホースがレースカーに接続された時は強制的にエンジン回転数をアイドリング状態にして、レースカーの発進を防ぐ。
→フォンタナ戦でのレイホールのアクシデントのようなケースに有効に機能します。

○ECUの改良により、アクセルペダル、もしくはブレーキペダルが規定値以上の急激な動きを検知した場合にはただちにエンジンはアイドル回転数に落とす。
→クラッシュ時にドライバーの足が不意にペダル類にぶつかることがあるので、クラッシュを等を検知してレースカーの暴走を防ぎます。

モナコ野郎が日本を満喫中!

2015年11月23日

爆走!!下町レースカー!@多摩川スピードウェイ

2015年11月21日

某TV局のドラマ”下町ロケット”が高視聴率を記録していますが、そのドラマのレース版ノンフィクションの舞台となったのが今から79年前に建設された日本初の常設レースサーキットの多摩川スピードウェイ。


来年は建設から80周年を迎えるにあたって『多摩川の歴史遺産 モータースポーツ発祥の地 多摩川スピードウェイ回顧展』が11月21日と22日の2日間、田園調布せせらぎ公園集会室・多目的室で開催されています。

東急東横線、目黒線、多摩川線の多摩川駅東口目の前で、入場料は無料です。

会場内には当時の写真や映像などが展示され、今や世界のレース界で活躍する日本の自動車メーカーのレースにおける第一歩を見ることができます。


動画はこちらでも見られます。
https://www.youtube.com/watch?v=OopA5SXQcWc

それまでは月島などの湾岸の埋め立て地などの仮設コースで行われてきた日本のレースでしたが、1936年に神奈川県川崎市の多摩川河川敷に常設サーキットの多摩川スピードウェイが完成し、「第1回全日本自動車競走大会」が開催されました。


1周1200mのオーバルコースで、建設費用は諸説あって8万~15万円(現在の価格でいくらか不明)。
入場料は1円で、当時としては超高額チケットながらも3万人もの観客を集めました。

これがその時の大会プログラム。

各クラスごとのレースが行われた最後は全車参加のファイナルレースとなっていますが、驚くべきは7番目の番外スロースピードレース。なんとセレブリティーレースまで開催されていたのでした。

エントラントにはヤナセの前身である梁瀬自動車が英国から持ち込んだ#24インビクターや本田技研工業設立前の本田総一郎氏の#24浜松号、日産自動車のダットサンがワークス体制で5台を投入するという豪華なラインナップ。

全車出走のファイナルレースを制したのは梁瀬自動車チームのインビクターでした。


当時は大排気量の外車に対して小型の国産車は全く歯が立ちませんでした。外車がインディカーだとすると、国産車はミジェットカーも同然の格差でした。
下の写真の一番右と3台目が国産車のダットサンですがタイヤを見ても大きさの違いが分かります。


ファイナルレース前の注目の一番だったのが、プログラム6番目の商工大臣カップレースでの国産車対決。ダットサンワークスの5台に対して町工場規模の自動車メーカーだったオオタが2台という7台での30周レース。

誰もがダットサンの圧勝を予想する中で、結果はオオタの1-2フィニッシュ。


あまりの圧勝ぶりにVIPシートで観戦していた日産の創始者、鮎川義介氏は途中で帰ってしまったそうです。結局、オオタは商工大臣杯と国産自動車杯の2レースを制して町工場の高い技術力を全国にアピールしたのでした。
このオオタ自動車創業者の息子さんの会社で現在多くのレースカーにパーツを供給するのが現在のタマチ工業。
http://tamachi.jp/

4か月後に行われた第2回全国大会では総力を投入したダットサンワークスがリベンジを果たしたそうです。

この物語を映画化、ドラマ化したら「その時世界は動いた」と「プロジェクトX」と「下町ロケット」を足して2倍したくらいの大ヒットになりそうな予感です。

20日に行われたプレスデーには全日本選手権スーパーフォーミュラシリーズで今年のシリーズチャンピオンに輝いた石浦宏明選手も参加していました。

石浦選手はオオタ自動車の血統を継ぐマチダ工業製のエンジンパーツが使われるトヨタのレースカーでチャンピオンになっています。


いつもGAORAのインディカー中継見てますよという石浦選手。
ご自身は世田谷区の二子玉ほど近くの出身ということで、多摩川流域は自転車で走ったりして古くからなじみの場所だったそうです。

「教習所もここからすぐ近くの東急自動車学校でしたし、このあたりは小さいころからよく来た場所です。4、5年前に多摩川スピードウェイの存在を知ったのですが、自分の地元のすぐ近くにこんな偉大な歴史を持つ場所があることを知って、ぞくっとしました。自分は歴史モノが好きなので本当に不思議な感じがします。まだ自分がチャンピオンになたっという実感はわいていないですが、自分も日本のレースチャンピオンとして歴史を受け継いでいきたいですね。」
と多摩川スピードウェイの存在と今のご自身の存在が歴史的につながったことに興奮を隠しきれない様子で語っていました。

その石浦選手もご自身のブログに書いていますね。
http://ameblo.jp/ishiura/entry-12097775183.html

来年の5月ごろには80周年セレモニーを多摩川スピードウェイ跡地で行い、史跡としてのプレート設置のセレモニーなどが行われるそうです。

長くなりましたが、ぜひ『多摩川の歴史遺産 モータースポーツ発祥の地 多摩川スピードウェイ回顧展』を見に行ってみてください。

祝!モナコ野郎来日

2015年11月20日

明日いらっしゃるようです。

ムニョスがアンドテッレィとの契約を延長

2015年11月18日



アンドレッティオートスポーツから参戦したコロンビア人のカルロス・ムニョスは2016シーズンもアンドレッティオートスポーツからフル参戦することが決定しました。

ムニョスは2013年のインディ500でデビューし、今年でフル参戦2シーズン目。デトロイトレース1では初優勝を果たしています。