AJフォイトのグリーンフラッグで第54回デイトナ24時間レースがスタート

2016年01月31日



フロリダ州デイトナビーチにあるデイトナインターナショナルスピードウェイで、第54回デイトナ24時間レースが開催されています。

グリーンフラッグを振ったのは1983年と85年にデイトナ24時間レースで2勝をしているAJフォイトでした。

AJはインディ500史上最多タイの4勝、シリーズ通算勝利最多の67勝を挙げた他、史上2人しかいないデイトナ500とデイトナ24時間の両方で優勝しているドライバーの一人でもあります。

AJのデイトナ24時間レースでの初優勝はいかにもAJらしい破天荒なものでした。

デイトナ24時間初レースとなった1983年はNASCARチャンピオンのダレル・ウォルトリップ(今やTV解説で有名)と組んでアストンマーチンでスタートしたものの、レース序盤でリタイヤ。AJは急きょ他チームに招聘されて乗ったこともないポルシェ935をドライブして優勝したのでした。

いきなりAJがジョインすることを聞いたチームのエースドライバーのボブ・ウォレクは大激怒したといいます。
AJはあとからウォレクが大激怒した時のAJへの発言を聞いて「もしその場にオレがいたら殴り飛ばしていただろう」と語っています(こえー)。

ポルシェ935に乗ったことがないAJの突然の加入に不服だったウォレクも、AJがその後はどんどんラップタイムを上げてゆき、ついにはウォレクのべストラップを追い抜き、雨の中でトラックレコードを更新するまでになるとAJの実力を認め、最後には完全に打ち解け合っていたといいます。

AJとウォレクは再び1985年のデイトナ24時間レースでパートナーとなり優勝しています。

ボブ・ウォレクですが2001年にセブリングインターナショナルレースウェイにバイクで向かう途中にトラックに衝突されて亡くなっています。

AJが当時のことを語っています。
https://www.youtube.com/watch?v=TB-siHU90Ds

いやー、AJの武勇伝は枚挙にいとまがありませんね。

デイトナ24時間出場中のインディカードライバー、スポッターガイド

2016年01月31日



インディカー関係のドライバーが乗るのは上の15台。
ライブタイミングはこちらでご覧になれます。
http://scoring.imsa.com/

インディカードライバーに関する最新動向はこちらで。
http://www.indycar.com/2016/Rolex24

デイトナ24時間レースのLTはこちらで

2016年01月30日

現地午後2時40分、日本時間日曜朝4時40分スタートです。
http://scoring.imsa.com/

第100回インディ500参戦を狙うステファン・ウィルソン

2016年01月29日



26歳の英国人、ステファン・ウィルソンは「アメリカン・ソーラーエネルギー協会(ASES)」のサポートを受けて第100回インディ500に挑戦することを発表しました。

ASESは国際ソーラーエネルギー協会のアメリカ国内の組織で自然エネルギーへの転換の啓蒙活動を行っています。
http://www.ases.org/

インディカーシリーズではピットのタイミングモニターなどの電源をソーラーパワーに置き換え、ソーラーエネルギーの有効性をアピールするとしています。

Sウィルソンはジャスティン・ウィルソンの弟で、2011年にインディライツシリーズで2勝してランキング3位に入り、2013年のボルティモア戦ではデイルコインレーシングからインディカーシリーズにスポット参戦しています。

CFHレーシングがエドカーペンターレーシングに

2016年01月29日



現地28日、CFHレーシングは2016シーズンはエドカーペンターレーシングとして活動することを発表しました。

ドライバーは#21ジョセフ・ニューガーデン、#20エド・カーペンター(オーバルのみ)の2人のままで変更はありません。

CFHレーシングは2014年にEカーペンターレーシングとSフィッシャーハートマンレーシングが合併して活動を開始し、2015年にはJニューガーデンが2勝を挙げた他、3回の表彰台とポールポジション1回を記録しています。

サラ・フィッシャーと組んでいたフランク・ハートマンは他の事業に専念することになり、チーム運営から離れますがフィッシャーはEカーペンターレーシングに残ることになります。

この提携解消に伴うドライバー変更はなく、#21はJニューガーデン、#20はEカーペンター(オーバルのみ)がドライブします。#20のロードストリートに関してはまだ決定していません。