このころのオーバルレース最高②

2016年02月14日

先日、2002年のシカゴランドのレースがindycar.comにアップされていましたが、このシーズンはどのレースもかなりおもしろかったですね。

当時はチャンプカーに目を奪われて、この面白さに気づいていなかった方も多かったと思います。

この年から鳴り物入りでペンスキーがチャンプカーから移籍してきましたが、全15レースでHカストロネベス2勝、Gドフェランが1勝と”レベルが低い”と揶揄されたIRLインディレーシングの中では苦戦しました。

このシーズンはSホーニッシュJrが5勝を挙げてタイトルを獲得。その他のウィナーは
Sシャープ、Jワード、Aダーレイ、Aバロン、Tシェクター、Fジャフォーネ、と顔ぶれも豊かで毎レース盛り上がりました。

そんな中で日本から参戦したのは服部茂章さんと野田英樹さん。



ともに全戦参戦はなりませんでしたが、服部さんはブラッドリーモータースポーツから日産インフィニティで参戦し、インディ500も走りました。

チームオーナーは1996年シリーズチャンピオンのバズ・カルキンズ(写真一番左)でインディライツからのたたき上げのドライバーでした。今はコロラドで家業のガソリンスタンドチェーンの社長をしています。先日、スーパーボウルでブロンコスが勝ったのでお祝いメールを送り、久しぶりメールでやり取りしたところです。


担当エンジニアは写真一番右のデイビッド・クリップス(ヘンタイさん)で、デイビッドは翌年に高木虎之介選手を担当してインディ500で5位フィニッシュに導いたり、ビジョンレーシングでEカーペンターを担当して優勝争いできる選手にまでにしました。2014年のソチ五輪ではボブスレーアメリカチームのエンジニアを担当して銀と銅メダルをもたらしています。

このころは15戦全てオーバルでしたが、参戦コストも今ほど高くなく各チーム接戦だったので非常にいい時代でした。