ヘンリー・ボック先生が逝去

2018年05月31日



モータースポーツ界での安全技術と医療技術の権威で、長らくインディアナポリスモータースピードウェイ(IMS)とインディカーのメディカル部門でシニアディレクターを務めてきたヘンリー・ボック先生が5月26日にインディアナポリスで亡くなりました。81歳でした。

ボック先生はメソジスト病院とシドニー&ルイス・エスケナジー病院で救急医療の専門医として勤め、1982年から2006年までIMSのシニアメディカルディレクターを担当。それと同時に1996年から2006年までインディカーシリーズの全戦に帯同し、2007年以降もIMSとインディカーの医療コンサルタントを務めてきました。

ボック先生はこれまでに多くのドライバーを診察し、そのレースでの医療活動はインディカーシリーズにとどまらず、北米でのモータースポーツの医療体制にに革新的な変化をもたらしました。

その功績の一つがSEFARバリアー(衝撃吸収バリアー)で、2002年にIMSに設置されて以来、ツインリンクもてぎを含む全米のオーバルトラックで導入され、クラッシュでのリスクが劇的に改善されました。

ボック先生はインディアナ大学医学部の出身で、レースでの医療活動の原点は1979年に公開されたポール・ニューマン主演の「レーサー(Winning)」がIMSで撮影される際に医療スタッフとして従事したことに始まります。

大学卒業後の1970年にインディアナポリスのメソジスト病院に就職。救急医療を担当し、1979年に設立されたヘリコプターによって救急患者を搬送するLifeLine Air Medical Transport Service の設立に尽力しました。

1970年代後半にはUSACのチャンプカーシリーズにIMSのアシスタントドクターとして帯同するようになり、以来、IMSで医療スタッフを担当するようになりました。

合わせて長らくモータースポーツ界での医療体制と安全技術向上を目指す、国際モータースポーツ科学学会のメンバーを務めてきています。

【MAZDA Road to INDY】最後はメカニカルトラブルで終わったカイル・カイザー

2018年05月31日


https://youtu.be/URUBNuqvoA8

去年のインディライツでチャンピオンとなり、100万ドルのマツダスカラーシップを手にして今年のインディ500に参戦したカイル・カイザー。

予選は17位で佐藤琢磨選手の横にグリッドを獲得するなど順調な所を見せてきましたが、決勝レースではピットでのアクシデントなどもあってドライブスルーを科せられて周回遅れとなり、さらにはメカニカルトラブルに見舞われて110周のところでレースカーを降りています。

カイザーはレース後に「多くのことを学べた5月でした。予選結果も良くいいスタートが切れましたが、残念ながらピットでアクシデントを起こしてしまって周回遅れになり、その後もレースを続けましたがメカニカルトラブルに見舞われてしまいました。この機会をくれたチームや皆さんに感謝しています。」とコメントしています。