来年のアイオワはナイトレースに

2018年07月31日



2019シーズンのアイオワスピードウェイでのレースは7月20日土曜日に開催されます。アイオワでのナイトレース開催は4年ぶりの開です。

アイオワスピードウェイでは2007シーズン以来、インディカーレースは12回開催されてきましたが、そのうちの4回はナイトレースとして行われました。その最後のレースとなった2015年はRハンターレイが優勝しています。

【MAZDA Road to INDY】石川県出身のイゴー・フラガ、アメリカで活躍中!

2018年07月31日


https://youtu.be/t2PM3wABa7I

「INDY500」を頂点とするインディカー参戦を目指す若手ドライバーを支援する「MAZDA ROAD TO INDY」の登竜門クラス「USF2000」に、石川県金沢市生まれの日系ブラジル4世のイゴー・フラガ選手(19歳)が参戦中、2レースを残してランキング3位につけています。

7月29日開催のインディ200@ミッドオハイオの生中継の中で、「GLOBAL MX-5 CUP」米国シリーズに参戦中のレーサー鹿島選手によるインタビューが生放送されました!期待の若手に注目です。

GLOBAL MX-5 CUP JAPAN→http://mx-5cup.jp/
GLOBAL MX-5 CUP(米国)→https://mx-5cup.com/
GAORA SPORTS→http://www.gaora.co.jp/motor/

抜けるミッドオハイオ

2018年07月31日



【ただ一人2ストップだったロッシ】
今年のロードコースでの平均燃費はMPG=3.1~3.2あたり。しかし、今回は26周走ってMPG=3.26で30周走るとMPG=3.89となり、他のコースよりもダントツで低燃費となります。燃費で有利と言われるホンダ勢はもしかしたら2ストップも可能かと言われていましたが、ポールスタートだったロッシがただ一人2ストップにチャレンジ。

一般的な見方としては、レース序盤や中盤に燃費走行してフルタンクで30周走れたとしても、勝負どころになるレース終盤では燃費やタイヤの消耗が悪化することが常ですが、今回はウィッケンズの不運も手伝って大きなマージンを持ったまま燃費走行に徹してそのままトップでフィニッシュしました。

ロッシはレース序盤でMPG=3.8以上走れることを確認し、ひたすらその数字をキープする作戦を選択。途中でニューガーデンにトップを譲るものの追いかけることなくペースを守りました。

ノーコーションもロッシに味方して2013年のキンボール優勝の時と同様に1ストップ減らして得られたピットストップデルタ分のマージンを燃費走行にさらに生かすことができました。

今回は優勝の50点にポールポジションボーナス1点、ラップリードボーナス1点、最多ラップリードボーナス4点を加えて満額の54点をゲットしてポイント3位から2位に浮上しています。


【またしても不運のウィッケンズ】
今季4回目、2レース連続表彰台だったウィッケンズ。またしても勝利を逃したと言った方が正しいでしょう。

3ストップで飛ばしていく作戦をとって早めの15周目に1回目のピットストップ。その後はクリーンエアを走ってロッシがピットインした後は20秒以上のマージンを得てラップリード。

しかし、ハードタイヤの3スティント目ではソフトタイヤを履くトラフィックの後ろにピットアウトしてしまい、ロッシからほぼ一秒落ちのラップタイムで15周近くを走行。最終スティントではロッシに20秒のリードを許していました。

優勝を取り逃したカタチになったものの、予選5位からの2位フィニッシュは作戦としては決して悪いものではなく、ポイントでは6位につけています。

【ディクソン攻略に徹したペンスキー勢】
ポイントでディクソンを追いかけるニューガーデンとパワーはディクソンの前でフィニッシュすることを最優先にレースを戦い、5位フィニッシュしたディクソンの前の4位と3位でフィニッシュ。優勝できなかったものの、最低限のミッションは完遂しています。

【ポイントリードをキープするディクソン】
ヒンチのクラッシュで予選アタックができず、予選9位に終わったディクソンは手堅く5位フィニッシュ。62点だったポイントリードを46点に詰められましたが依然として大きなリードをキープしています。

【フレンチ旋風】
予選のクラッシュで最後尾スタートになったブルデイ。ハードタイヤでスタートしてたった10周でピットイン。手元に残っていた新品レッドタイヤ3セットをフルに投入して飛ばして6位フィニッシュ。

レース序盤ではターン2でキンボールをアウトサイドパスした他、レース終盤のレイホール、パジェノー、ハンターレイをぶち抜くシーンは今回最大のハイライトでした。まともに予選を通過していればもっと面白いことになっていたかもしれません。

同じく予選で失敗したパジェノーも予選17位から8位フィニッシュしています。

【ベストグリッドからワーストフィニッシュしたチルトン】
キャリアベストとなる予選6位だったチルトンは2周目に琢磨選手に追突。ドライブスルーペナルティを受けた上に最初のピットストップで左前輪のホイールナットが外れずに最後尾に。

【ハードタイヤで苦労したレイホール勢】

追突で6位から17位まで転落した琢磨選手はハードタイヤで苦労してさらにポジションを落とすものの、最後にソフトタイヤで持ち直して17位フィニッシュ。チームメイトのレイホールも予選7位から9位フィニッシュと地元で厳しいレースに。

【佐藤琢磨リリース】好発進もチルトンに当てられ悔しい結果に

2018年07月30日



【佐藤琢磨公式リリース】
インディカー・シリーズ第13戦は、オハイオ州のMid-Ohio Sports Car Courseで行われた。金曜日に行われたプラクティスでは総合16位と、マシンの手直しがかなり必要と思われた。

 土曜日に行われた予選、佐藤はグループ2から予選1に出走する。ここで3位を確保した佐藤はFast Six進出を射程に入れてアタックに入るが、ヒンチクリフがクラシュして赤旗となり、レッドタイヤでのラップを刻めずに総合8位となった。「予選に向けてセッティングを何箇所か変更したんですが、それは想定通りの効果を発揮していたと思います。Q1のグループ2で走り、3番手につけてQ2進出。いい感触を得ていたんですが、Q2では赤旗に遮られてしまいました」と悔しい結果となってしまった。

 決勝は日曜日の現地時間午後3時40分に始まった。スタート直前に一瞬隊列が詰まりヒヤッとしたが大きな混乱もなく、佐藤は上手いポジショニングで一気に6位まで順位を上げる。

 2周目のターン4で後ろのチルトンが無理やりインに飛び込んで来て、佐藤はリアを当てられてコース上で1回転してしまう。佐藤は再スタートを切ったものの、この接触で順位を17位まで落としてしまった。

 このため佐藤は10周目に早めのピットインをして、タイヤをレッドからブラックに替えて追い上げを図るが、ペースが全く上がらず、20番手まで順位を落としてしまう。さらに36周目の2回目のピットインでは、早くも周回遅れとなってしまう。その後第4スティントで自己ベストを更新するも、時すでに遅く結局17位でチェッカーを受けた。

 優勝はポールからスタートし、唯一2ストップ作戦を取ったアレキサンダー・ロッシが獲得した。



【佐藤琢磨選手のコメント】
スタートは上手く行きました。ポジションを2つ上げて6位で前を追う展開になったのですが、2周目のターン4でチルトンが来ていることは分かっていたので、1台分のスペースを空けていたのですが、彼の接触でスピンしてしまいました。その後ブラックタイヤに替えたのですが、このペースが全く上がらず、最後のスティントで少しだけ順位を上げることができましたが、今日は期待が高かった分悔しい結果となってしまいました。

レイホール家とミッドオハイオ

2018年07月29日



オハイオ州コロンバス近郊出身のレイホールにとってミッドオハイオは地元コースになります。

グラハムは2015年にこのミッドオハイオで優勝した他、父親のボビー・レイホールもこのミッドオハイオで1985年と86年に優勝しています。

このミッドオハイオ・スポーツカーコースの元オーナーはオハイオ州出身の故ジム・トゥルーマン。ボビー・レイホールの師匠でもあり恩人でもあります。

1980年代、ボビー・レイホールはF1をはじめとする様々なカテゴリーに乗っては成績が残せず、苦労が続いていましたが、1982年にトゥルーマンがオーナーのトゥルースポーツに加入しました。

その後はCARTインディカーシリーズに参戦を開始するといきなり2勝を挙げてランキング2位になり、1986年にはインディ500を制しました。


このインディ500優勝はトゥルーマンにとっては悲願の初優勝で、この時にすでに末期がんであったトゥルーマンは優勝のミルクをビクトリーレーンで自ら味わうと、その10日後に亡くなりました。
その年にレイホールは初めてのシリーズチャンピオンにもなっています。


なので、ボビーの86年のミッドオハイオでの優勝はまさに凱旋勝利であり、亡きトゥルーマンにささげる優勝でした。

トゥルーマン無き今でもミッドオハイオはレイホールにとって特別なレースコースなのです。