フライバイしたF16のパイロットの正体は!!!

2019年05月28日



アメリカ国歌独唱のフライオーバーの後に垂直上昇していったF16を操縦していたのはアメリカ空軍の女性パイロットのジェイミー・ラベル大将でした。今朝行われたバンケットで紹介されていました。

もしかしたら、アポロ計画では8号と13号に搭乗したジム・ラベル氏の娘さんかもしれません。
有識者からの情報求む!!

ちなみに、
フライバイの後に再び轟音が響き渡りながらも、戦闘機はすぐには画面に捉えられませんでしたが、あれは別にNBCのミスでも手抜きでもなんでもなく、ただNBCがCM中だっただけだというのが実情です。
おそらくあのマヌーバリングはパイロットのアドリブだった可能性が高いと思われます。
気が付いたカメラが押さえて、いちおうスイッチングはしてましたが。

アワードセレモニー 琢磨選手のスピーチ内容 「あとは若い日本人ドライバーが自分の後に続いて欲しい!」

2019年05月28日



現地月曜日の夜にインディアナポリスのダウンタウンにあるJWマリオットで第103回インディアナポリス500マイルレースの表彰式に当たる「ビクトリーセレブレーション」が行われました。

最後尾の33位フィニッシュから一人ずつスピーチを行い賞金を受け取っていく毎年恒例のビッグパーティーです。

3位フィニッシュした佐藤琢磨選手はイベントの終盤に登壇し以下のスピーチ(要約)を行いました。

「自分は2周遅れまで後退していたのに、レース途中に無線でP6(6位)と告げられた時は信じられませんでした。

最後は優勝のチャンスを探りましたが、結果的に3位フィニッシュと言う素晴らしいレースになりました。自分たちはずっと苦労してきましたが、チーム全員の努力、特にエンジニアたちの努力によってこの結果を出すことができました。

担当エンジニアのエディー・ジョーンズはまるでレーシングドライバーであるかのように私が何を求めているのかを完璧に理解してくれています。そして、作戦担当のデレク・デイビッドソンの作戦はすばらしいものでした。

そして、ホンダエンジンのすばらしい燃費の良さもこの結果につながっています。

この素晴らしい機会を与えてくれたボビー、デイビッド、ラニガン、3人のボスに感謝したいと思います。

そして、このことについても言わせてください。昨年秋に亡くなったマリー・ハルマン・ジョージさんは全ドライバーにとって特別な存在でした。彼女の笑顔は最高の物でした。私が初めてインディアナポリスモータースピードウェイに来た時は、まだハルマン家とその歴史について知りませんでした。そして、色々調べて勉強していくうちに偉大な存在であることがわかりました。次世代のハルマン・ジョージ家のみなさんには彼女の後を立派に継いでいって欲しいと思います。

そして、シリーズスポンサーのNTTにも感謝を述べたいです。NTTがシリーズスポンサーにつくことを知ったのは発表の1週間前でした。NTTがサポートしてくれることを日本人として本当に誇りに思います。

そして、シリーズを支え続けているファイアストン(ブリヂストン)にホンダにも感謝しています。
あとは必要なのは新たな若い日本人ドライバーが自分に続いてくれることですね。

シモン、そしてペンスキーの皆さん。すばらしいレースでした。予選前から好調で今回の結果にふさわしい仕事をしてきたと思います。この瞬間を楽しんでほしいと思います。ありがとうございました。」

パジェノーが優勝賞金$2,669,529 を獲得

2019年05月28日



賞金総額が$13,090,536 だった第103回インディアナポリス500マイルレースを制したシモン・パジェノーは優勝賞金として$2,669,529を獲得しました。

パジェノーは2009年のHカストロネベス以来のポールトゥウィンを達成。ポールアワードの十万ドルと116周の最多ラップリードとボーナスなどほぼ獲得できる満額に近い賞金を獲得したと思われます。獲得賞金はチームとの配分になります。

2位フィニッシュしたロッシは5回にわたって22周をリードして$759,179を獲得しました。

3位フィニッシュした佐藤琢磨選手は$540,454となっています。

以下の獲得賞金総額はこちら。
http://www.imscdn.com/indycar_media/documents/2019-05-27/Indy%20500%20box%20score.pdf

恒例のビクトリーセレモニーは現地月曜日夜、日本時間で28日火曜日午前中にインディアナポリスのダウンタウンにあるJWマリオットで行われます。

メナードがインディ500初制覇

2019年05月28日



今回のパジェノーのインディ500優勝はチームペンスキーにとっては通算18勝目でしたが、22号車のメインスポンサーを務めるメナードにとっては初勝利となりました。

メナードの代表を務めるジョン・メナードは1980年代から自らのチームで15回インディ500に参戦してきたものの勝利はありませんでした。しかし、16回目の挑戦でスポンサーとしてついに念願のビクトリーレーンに立つことになりました。

メナードのインディ500初レースはドライバーにハーム・ジョンソンを擁して挑戦した1980年。しかし、予選落ちが続き、インディ500初出走は1984年でした(予選9位)。その後、メナードはチームを立て直して再挑戦し、1992年にはアル・アンサーとV6 OHVエンジンのビュイックを搭載したローラで2位フィニッシュします。

1996年にはポールポジションを獲得したスコット・ブレイトンがプラクティス中に事故死するという悲劇もありました。

「今回の優勝ほど特別なものは無い。この優勝のために40年間頑張ってきた。これまでここでは様々なことがあったが、まるで終わりの見えない旅のようだった。しかし今日ようやく目標地点にたどり着くことができた。」とメナードはコメント。

しかし、「またここで勝ちたい」と今後もスポンサー活動を継続することを宣言しています。

SKYPEリポート

2019年05月28日



現地からのスカイプリポートですが、今月から通信環境の悪化を理由に現地の通信会社をVrizonからT-Mobileに変更しました。

インディ500予選生中継では長時間にわたってクリアな映像をお届けれきましたが、今回のインディ500終了後はさすがに回線混雑でダウン。携帯電話にもリダイヤルしたもののまったくつながりませんでした。

最終的には天野さんの個人携帯のVrizonのLTEで繋がりましたが、ちょうど記者会見終了後のタイミングにうまくつながって良かったです。

おそらく今週末のデトロイトGP以降は問題ないでしょう。