松浦プロが”キューワード”デビュー!!

2019年05月29日



リハーサルの時から松浦プロがやりたがっていたので、願いをかなえてさしあげました。

”キューワード”とはきっかけになるフレーズで、CMの入りや明けなどで、いったんコメンタリーを締める時に使います。

基本的にテンプレートはありません。しめられればどんなフレーズでも自由です。

自分がNASCAR実況のコメンタリーを担当していた時は、かなり様々なパターンのキューワードにトライしました。ロバートに振って英語で言ってもらったりもしていました。

琢磨選手、ラップバックへの軌跡を徹底追跡!!

2019年05月29日



スタートは5列目ミドル。
マルコ、ハータ、エリオをパスして、12周目には11番手までアップ。
そのまま最初のスティントを誰よりも走って37周目にはラップリーダーに。

38周目に1回目のピットストップ。
しかし、ピットで時間がかかり、大きく後退して19位でピットアウト。


右リアのホイールナットの締め付けが十分ではなく、ペースが上がらずにグラハム、フェルッチ、ハンターレイに立て続けに抜かれて24位へ後退。


「リアの状況がおかしい」と無線で伝えて、41周目に2回目のピットインでタイヤのつけ直し。
これで1周遅れに。


そのまま周回遅れで走行して、64周目にはラップリーダーのパジェノーが琢磨の4秒背後に迫る。
計時上は1周遅れだが、ほぼ2周遅れの状態。


すぐ背後に迫っていたパジェノーが65周目にピットイン。


ここでてっきり1周遅れの表示だった琢磨はラップバックできていたものと思っていました。
実際はパジェノーは琢磨の前でブレンド。琢磨はラップバックできずに1周遅れのままに。


ラップリーダーだったディクソン以下ほぼ全員がピットインしたところで、73周目にカイザーがクラッシュしてイエローに。
琢磨ステイアウトしていたものの、前述の通りパジェノーに押さえられてラップバックできず。


パジェノーの背後にいた琢磨選手はこのイエロー中の76周目にルーティンピット。
1周遅れのまま26位でピットアウト。


113周の時点で暫定リーダーだったローゼンクビストがアンダーグリーンでルーティンピットインした時点で21番手でラップバックするも、114周目にアンダーグリーンでルーティンピットインして1周遅れの25位。


138周目にエリクソンがピットでスピンしてイエローに。このイエローはちょうど各車のピットタイミングと重なって、リードラップの全車が結果的にピットインしたことにより、ステイアウトした琢磨選手はラップバック。
琢磨選手の2台後ろにパジェノーがいるので、このままペースカーを抜いて(ウェーブアラウンド)、リードラップの隊列の最後尾まで追い上げてからピットイン。
リードラップの18位でリスタート。


さらに幸運は続き、ピットタイミングが一番遅い琢磨選手はこのスティントも一番引っ張って、177周目にはラップリーダーに。


178周目にラストピットでピットレーンに飛び込んだ瞬間にターン3でマルチカークラッシュが発生してイエローに。これで、琢磨選手の背後にいた殆どのクルマがスローダウンを余儀なくされて、琢磨選手は7番手でコースに復帰。そのままレッドフラッグ。


コーションラップ再開後にピットに入り損ねていたピゴットがピットイン。ブレンドで琢磨選手の前に出たデイリーが琢磨選手の後ろに下げられて、5番手で188周にリスタート。


フレッシュタイヤフルリッチの琢磨選手は、その周のターン3でカーペンターを豪快にアウトサイドパスして4番手へ。


残り10周のバックストレッチで、ニューガーデンをあっさりパスして3番手へ。


192周目で前の2台を追いかけるところでピットに対して無線で「Leave Me Alone!!」。
放送でもその無線音声が聞こえます。


最終的には3位フィニッシュしました。

How Far? How Fast? (今回のオープニング)

2019年05月29日



今回のNBCのオープニングテーマは「How Far? How Fast?」でした。

第103回インディアナポリス500マイルレースが開催された2019年5月26日のちょうど50年前は奇しくもアポロ10号が地球に帰還した日でした。

アポロ10号は初めて有人月面着陸を実行するアポロ11号の2か月前に計画され、月着陸以外の全てのリハーサルを完璧に行うことがミッションでした。

そのアポロ10号の船長を務めたトーマス・スタッフォードさんがオープニングのナレーションを担当しました。


50年前の当時は冷戦まっただ中で、アメリカとソビエトは初の人類月面着陸を目指して宇宙開発でも激しく競っていました。

そんな中でガガーリン大佐を乗せたボストーク1号に有人宇宙飛行で先を越されたアメリカは大いに焦り、1961年5月25日にJFケネディ大統領は「60年代に必ずアメリカは月に人類を送り込んで見せる。エベレストを目指したジョージ・マロリーが言ったように、そこに月があるから我々は目指すのだ」と演説でぶち上げたのでした。


そのアポロ10号は月から地球に戻る時に24,791mphの速度に達し、これは人類が達した最高速度としてギネスブックにも掲載されています。ちなみにその速度は秒速7マイルで、インディアナポリスモータースピードウェイを0.3秒で1周する速さです。


スタッフォードさんは宇宙飛行士もインディカードライバーも死と隣り合わせの極限の状況で仕事を行うRight Stuff(選ばれし者)だと語っています。

演説当時はNASAはまだマーキュリーでの15分ちょっとの弾道飛行しか有人宇宙飛行の実績が無く、「月面着陸を成功させるには、まだこの世に確立されてもいない技術や発明されていない素材が必要」と言われましたが、結局は演説からたった8年で月面着陸は達成されました。

たぶん、アポロ計画に関しては
小倉さんにお話ししてもらったらいくら雨が降っても足りなくなると思われます。

この手のVは事前の進行表にも内容が書かれていないので、生放送ぶっつけで見て初めて内容がわかるので、コメンタリーにその内容をトークバックで伝えるのはすごく苦労します。アポロ計画をな当時生で見ていたのはコメンタリー3人の中で松田さんだけです。