デイルコインレーシングがチーム郷、アレックス・パロウと契約

2019年12月20日



今年のスーパーフォーミュラでルーキーオブザイヤーを獲得したスペイン人ドライバーのアレックス・パロウはチーム郷と共にデイルコインレーシング(DCR)と契約し2020シーズンはインディカーシリーズにフル参戦することが発表されました。

パロウは2019シーズンはTCSナカジマレーシングよりスーパーフォーミュラに参戦。ルーキーながらも1勝を挙げた他にシーズン最多となる3回のポールポジションを獲得。シリーズランキングも3位でした。

さらにチーム郷ではスーパーGTのGT300クラスに参戦しMcLaren 720S GT3をドライブ。ツインリンクもてぎでの最終戦ではクラスレコードを記録してのポールポジションを獲得しています。

エントリーチーム名はデイルコインレーシングwithチーム郷となります。チーム郷は1996年に全日本GT選手権でプライベートチームながらもチャンピオンタイトルを獲得。2004年にはルマン24時間レースで荒聖治、トム・クリステンセン、リナルド・カペッロを擁して総合優勝しています。

パロウは全日本F3選手権では3勝と5回のポールポジション獲得でランキング3位になり、来日前では2015年のGP3最終戦ではデビューレースで優勝しています。

DCRは2020シーズンの体勢に関しては年明けに発表するとしています。

日本のレースチーム名がインディカーシリーズのエントリーリストに載るのは2007年のスーパーアグリパンサーレーシング以来となります。

「シンプソン」創業者のビル・シンプソンが亡くなる

2019年12月17日



元レーシングドライバーでインディ500にも1回出走し、その後はヘルメットやレーシングスーツなどの開発販売でレース界の安全性の向上に大きく貢献した「シンプソン」創業者のビル・シンプソンが12月16日に78歳で亡くなりました。

シンプソンはレーシングドライバーとしてドラッグレース、スポーツカーレース、オープンホイールレースと様々なレースに参戦。インディカーには1968年から1977年の間に52レース出走し、11回のTOP10フィニッシュを記録し、1970年のミルウォーキーでは6位のベストリザルトを残しています。

南カリフォルニア出身のシンプソンは1974年のインディ500では予選を20位で通過。イーグル-オッフィーを駆って13位フィニッシュしました。その後は1967年のオンタリオ500で同郷のリック・メアーズにレースカーを提供するなどしています。

シンプソンが現役引退を決意したのは1977年インディ500の練習走行中のことで、200mphで走行するレースカーの安全性に疑問を呈したシンプソンは高い安全性を維持するためのレース関連用品の開発に専念することを決意。シンプソンが開発したヘルメットはF1ドライバーのクレイ・レガッツォーニが使用するなどしてその評判は直ちにレース界に広がりました。

10代のころからドラッグレースに参戦してきたシンプソンは18歳の時にクラッシュして両腕を骨折ことをきかっけに、レースでの安全性向上の必要性を痛感。その怪我の治療中にガレージ内に大型ミシンを持ち込んで減速用パラシュートの改良に着手し、減速用パラシュートメーカーの「シンプソン・っドラッグシュート」を設立しました。

その会社はのちに200種類以上ものレース用品を開発製造販売する「シンプソン・パフォーマンスプロダクツ」と「インパクト・レーシング」に成長し、ヘルメットやグローブ、スーツやシートべルト他、様々なシンプソン製品は世界中で使用されるようになっています。

シンプソン最大の功績は1967年に耐火素材のノーメックス製のレーシングスーツの制作で、当時の最先端素材だったノーメックスはNASAでアポロ計画に宇宙飛行士として参加し、大のクルマ好きでもあったピート・コンラッド(のちのアポロ12号機長)からシンプソンに紹介されて商品化が実現しました。

シンプソン自らがそのレーシングスーツとグローブなどを身につけて火だるまになっている広告写真は有名で、シンプソンのノーメックス製耐火レーシングスーツは瞬く間にレース界に普及しました。

シンプソンがレース界にもたらした安全性の向上は目覚ましいもので、その功績が評価されて2003年にはアメリカモータースポーツの殿堂入り、2014年にはインディアナポリスモータースポーツウェイでの殿堂入りを果たしています。

シンプソンはこれらレース用品の開発の裏話を2冊の著書「人生は危険でもレースは安全に」と「火だるまになって」にまとめています。

R.I.P

2020シーズン、レーススタート時刻が決定

2019年12月10日



インディカーは2020シーズンのそれぞれのレーススタート時刻を発表しました。
主な変更点は以下の通りです。

【開幕戦のスタート時刻が繰り下げに】
レース開催10周年を迎えるセントピーターズバーグ市街地コースでの開幕戦はこれまでの米国東部時間13:40スタートから15:30スタートに変更されます。

【第4戦COTAのスタート時刻が繰り下げに】
米国東部時間13:43から16:10に変更。

【第13戦アイオワのスタート時刻が繰り下げに】
米国東部時間19:15から21:00に変更。

【第14戦ミッドオハイオのスタート時刻が繰り上げに】
米国東部時間16:05から12:45に変更。

【第11戦リッチモンド】
10年ぶりの復活となるリッチモンドでのナイトレースは米国東部時間20:15にスタート。

放送時間に関しては追って発表される予定です。

デイリーがECRから参戦

2019年12月10日



米空軍のサポートを受けるコナー・デイリーはエドカーペンターレーシング(ECR)からの2020シーズンの参戦を発表しました。

デイリーはチームオーナーが参加しないロードストリートレースで#20をドライブするほかに第104回インディ500にも参戦することになっています。

ECRは#21にオランダ人ルーキーのリナス・ビーケイをフル参戦させることを発表していました。

デイリーは2018年より米空軍のサポートを受け、2019シーズンは第103回インディ500と最終戦に参戦していました。

レースカーは米空軍伝統で空軍機のA-10,F-16、F-35で採用されているサメ顔デザインがペイントされます。インディ500では別のカーナンバーでスペシャルペイントが施されることになっています。

琢磨選手のトークショー無事終了!

2019年12月09日

本日行われた大阪モーターショウ―会場内、J:COMモータースポーツパークでの佐藤琢磨選手トークショー、無事に終了し、ご来場いただきありがとうございました。

①会場が想像以上に大きくてびっくり
当初はJ:COMブースと聞いていたので意外と大きなステージに驚きました。

②来場者が多くてびっくり
平日の月曜日開催とは思えない来場者数でした。

③立ったままでのトークショウに急きょ変更
当初はテーブルとハイチェアが用意される予定でしたが、後ろの来場者までよく見えるようにステージ最前列に立ったままでの進行に変更することにしました。

④琢磨選手の登壇タイミングを早める
「J:COMリンク」説明を若干前倒しでスタートさせて、早めにトークショー本題に入れるように本番開始10分前に急きょ予定を変更しました。J:COMさんのご理解で変更できました。

⑤琢磨選手の立ち位置をアドリブで勝手に変更
予定ではステージ上手から村田さんと私が座り、そしてステージ下手に琢磨選手が座る予定でしたが、それだとステージ下手側の来場者からは琢磨選手が常に左を向いた感じになってしまうので、登壇時にセンターを開けておいて琢磨選手をセンターにしました。

⑥トークショー内容をだいぶいじりました
トークショー冒頭に確認してみたところ、来場者はGAORAでのインディカーレース観戦者が約6割。他のレースは見るけどインディカーレースは見たことが無い方が約1割強だったので、途中から大分内容をいじりました。台本には「村田さん進行で稲嶺さんも入り乱れてトークお願いします。テーマの脱線も大歓迎です。」とあったので、遠慮なく行かせていただきました。最初の10分以降は台本一切無視でした。

⑦時間が余ったので・・・・
抽選会が早く終わってしまって時間が少し余っていたので、GAORAインディカー中継の裏話的なことで琢磨選手に話を振ってみました。

抽選会も入れて持ち時間が45分だったので、DVDともTCMとも違う、J:COMトークショーならではの内容やテイストを探ってやってみました。
皆様お疲れさまでした。