マツダ・チームヨーストがIMSA初優勝

2019年07月01日


Photo:IMSA

現地6月30日、ニューヨーク州のワトキンスグレンインターナショナルで開催されたIMSAスポーツカー選手権第6戦でマツダワークスチームのマツダチームヨーストが走らせるMazda RT24-Pが1-2フィニッシュで今季初優勝しました。

マツダがIMSAで総合優勝するのは2011年9月はボルティモアGPでのNo. 20 Oryx Dyson Racing Mazda-Lola(Humaid Al Masaood,Steven Kane)以来。クラス優勝では2013年9月にライムロックパークで開催されたグランダムシリーズでのディーゼンルエンジンを搭載したNo. 70 Mazda 6 GX( Sylvain Tremblay,Tom Long)以来となります。

2017シーズン途中からのマツダ、チームヨーストジョイント以来では初優勝となります。

初優勝したのはルマンで総合優勝した時の栄光のカーナンバー55を受け継いだNo. 55 Mazda RT24-P DPi(Harry Tincknell, Jonathan Bomarito、Olivier Pla)。ポールポジションからスタートしたNo. 77 Mazda DPi(Oliver Jarvis,Tristan Nunez,Timo Bernhard)は0.353差で2位フィニッシュし、1-2フィニッシュとなりました。

マツダUSAでモータースポーツ活動を取り仕切るジョン・ドゥーナン氏は5歳のころからインディアナポリスモータースピードウェイでインディ500を現地観戦してきたほどのインディカーレースファンでありながら、日本車(マツダ)を愛してきた情熱家で、常日頃から日本にいいニュースと届けたいと日の丸を車体に掲げてIMASに参戦を続けてきました。

広島のマツダ本社から贈られたと思われる「必勝」と書かれた厳島神社の大きなしゃもじを手にヴィクトリーレーンに上がっています。

マツダのモータースポーツ活動については以前にGAORA SPORTSで放送、紹介されています。
https://www.youtube.com/watch?v=NpBoFKgvv04

レッドブルホンダがオーストリアGPで初優勝

2019年07月01日



F1世界選手権オーストリアグランプリではマックス・フェルスタッペンが豪快な追い上げを見せてホンダに13年ぶりの優勝をもたらしました。

F1でホンダのエンジン開発を担当するる田邊豊治さんは2年前までHPDでインディカーのエンジン開発を担当していました。

田邊さん、おめでとうございます!!!

琢磨選手のピットボックスへの進入角度

2019年06月10日



上のアングルの映像を見る限りでは正しい進入角度で入ってきているように見えます。ただし、全く減速していないように見えました。

一つ手前のピットボックスでフェルッチがピット作業中であることを認識したうえで入ってきているようにも見えます。

いつも現場取材時にはしょっちゅうピットロード上で撮影しているので、上の映像は見慣れたアングルなのですが、進入角度には特に違和感を感じません。
ただ、右前輪がロックしていないばかりか、ロックした左前輪からはタイヤスモークが上がっていないのには違和感を感じます。

インディカーウィナーの新しい伝統

2019年06月03日



噴水の名前は「ジェームス・スコット記念噴水」と言います。https://historicdetroit.org/buildings/james-scott-memorial-fountain

約500,000ドル(現在の価値換算で6億円ほど)の費用をかけて1925年に完成しました。

ざっくり説明すると、デトロイト市で不動産業で財を成した父親を持つジェームス・スコットさんはその財産でさんざん好きなことをやって、何一つデトロイト市に貢献することなく人生を終えました。

スコットさんはその財産の一部の20万ドルをデトロイト市に寄付をし、その寄付金で自身の銅像を建てるように要求。

市はさんざん悩んだ挙句に噴水を建設することを決定し、スコットさんの死から15年後に噴水は完成。その間に寄付金は利子などもついて100万ドルにもなっていました。

結局、スコットさんの銅像は噴水の後ろの方の一番目立たない所に設置されたという、何とも奇妙で複雑な歴史を持つ噴水だったのでした。

ハラダ”テツヤ”???

2019年05月31日

2006年のトリノオリンピック開催前に、巷ではスキージャンプでの原田雅彦選手の代表入りと活躍が話題になっていました。

とあるTV番組では原田雅彦選手がいかに北欧で知名度が高いかを現地で聞き込み調査するという企画をやっていました。

インタビュアーが通りがかりの人に「あなたはハラダを知っていますか?」と聞いて回るのですが、やはり、原田選手の知名度は高く、街中でインタビューに答えるほとんどの人が原田雅彦選手のことを知っているほどでした。

しかし、中にはこんな人もいて
「ああ、知ってるよハラダ”テツヤ”だろ??」と答えた人がいて、大きな文字で”テツヤ???”とテロップを出していたのでした。スタジオの反応も大爆笑でした・・・・。

1993年に ロードレース世界選手権GP250 チャンピオンとなり、2002シーズン終了後の引退までトップライダーとして活躍した原田哲也選手。その才能を買われてイタリアのバイクメーカーのアプリリアのファクトリーライダーにも選ばれ、イタリア国内ではTVCMに出演するなど欧州ではスーパースターでした。

以前にサッカーイタリア代表のデルピエロ選手が来日時に成田空港でGPライダーの加藤大治郎選手と偶然遭遇し、加藤選手のサインをもらったところ、「あの日本人青年は誰だ?」と日本の取材陣は騒然となったそうです。

海外での方が日本よりもよほど知名度が高いスポーツ選手は他にもいるのでしょうね。