激動のインディカーシリーズ2000年代を振り返る

2021年01月15日



2000年からの10年間、インディカーシリーズには様々なドライバーが参戦し、より激しいシーズンが展開されました。

その代表格のドライバーがスコット・ディクソン。2000年に12戦6勝でインディライツチャンピオンとなって2001年シーズンからインディカーシリーズにステップアップ。パックウェストからの参戦で3レース目のナザレスで初優勝。翌年にはトップチームのチップガナッシレーシングに抜擢され、ここまでの20シーズンで通算50勝と6回のチャンピオンタイトルを獲得しています。

2000年代にはディクソンの他にもホーニッシュJr.ブルデイハンターレイパワー、パジェノーというスタードライバーが出現しただけではなく、ポールポジションを獲得したフィッシャーや1勝を挙げたパトリックなどの実力派女性ドライバーの活躍も目立ちました。

そして、2000年代はカストロネベスカナーンダマッタがキャリア初優勝を上げた一方で、マイケル・アンドレッティアンサーJr.トレイシーがキャリア最後の勝利を記録した年代でもあり、大きな世代後退の波が押しよせました。

2001年にカストロネベスはインディ500で初優勝して史上初めてIMSで金網登りを披露し、2005年インディ500ではレース終盤にダニカ・パトリックウェルドンからラップリードを奪って場内を沸かせ、2006年インディ500ではホーニッシュJr.がフィニッシュライン直前でルーキーのマルコ・アンドレッティから逆転勝利をもぎ取りました。

2004年と2007年のインディ500は共に降雨打ち切りとなりましたが、ライスフランキッティが初優勝しています。

2003年インディ500ではドフェランが優勝してカストロネベスの3連勝を阻止しながらもチームペンスキーとしては3連勝を達成。

3連勝と言えば2005年にトレイシーウェルドンブルデイアルメンディンガーディクソンが3連勝記録。ウェルドンはさらにインディ500を含む5連勝を成し遂げてチャンピオンタイトルを獲得。ブルデイは2004年以降に3連勝を3回達成して4年連続でチャンンプカーのシリーズタイトルを獲得しています。

2008年シーズンにはこれまで別れてシリーズが開催されていたチャンプカーとインディカーが合流して、ますますシリーズの激化に拍車がかかりました。

その前年のインディカーシリーズでは最終戦シカゴランドの最終ラップ最終ターンでラップリーダーだったディクソンの燃料切れによってフランキッティが初タイトルを獲得。しかし、フランキッティはその前の2レースで宙を舞うクラッシュを喫して土俵際まで押し込まれてのタイトル獲得でした。

2000年代はハイバンクオーバルでの集団バトルも一般化して接戦でのレースが多発。2002年シカゴランドではラスト22周に渡ってホーニッシュJr.アルJr.が接戦を演じて、史上最少となる.0024 差での勝利を記録しました。インディカー史上最少差レースのうちの5レースが2000年代で記録され、その5つの記録には歴代TOP4が含まれています。

2005年のセントピーターズバーグではアンドレッティグリーンレーシングの4人のドライバーがTOP4を独占するという珍記録も誕生しています。

2000年代の10年間で最も成功したドライバーは誰だったのか。31勝を挙げて4回チャンピオンになったブルデイ。インディ500での勝利を含む22勝と2回のタイトルを獲得したディクソン。インディ500制覇を含む19勝で3回のタイトルを獲得したホーニッシュJr.。22勝と共にボルグワーナートロフィーに3つの顔を残したカストロネベス。インディ500優勝を含む17勝にチャンピオンタイトル1回のフランキッティ・・・。

2000年代はロビー・ビュールの開幕戦勝利で始まり、フランキッティの最終戦優勝で2009年シーズンが終了するまでにアンドレッティ親子や、ラジアー兄弟、モトクロスチャンピオンから転校したジェフ・ワード、史上初の女性優勝ドライバーとなったダニカ・パトリックなど284レースで50人のウィナーが生まれました。

【シリーズチャンピオン】
4回: Sebastien Bourdais
3回: Sam Hornish Jr.
2回: Gil de Ferran, Dario Franchitti, Scott Dixon
1回: Buddy Lazier, Cristiano da Matta, Paul Tracy, Tony Kanaan, Dan Wheldon

【レースウィナー】
31勝: Sebastien Bourdais
22勝: Helio Castroneves、Scott Dixon
19勝: Sam Hornish Jr.
17勝: Dario Franchitti
16勝: Paul Tracy
15勝: Dan Wheldon
13勝: Tony Kanaan
12勝: Cristiano da Matta
8勝: Bruno Junqueira
7勝: Gil de Ferran
6勝: Buddy Lazier, Adrian Fernandez, Justin Wilson
5勝: Scott Sharp, Ed Carpenter, Kenny Brack, AJ Allmendinger, Ryan Briscoe
4勝: Michael Andretti, Juan Pablo Montoya, Will Power
3勝: Max Papis, Al Unser Jr., Buddy Rice, Ryan Hunter-Reay
2勝: Gil de Ferran, Roberto Moreno, Jimmy Vasser, Eddie Cheever Jr., Greg Ray, Mario Dominguez, Alex Barron, Tomas Scheckter, Michel Jourdain Jr., Robert Doornbos, Bryan Herta
1勝: Christian Fittipaldi, Robbie Buhl, Scott Goodyear, Airton Dare, Jeff Ward, Jaques Lazier, Felipe Giaffone, Alex Tagliani, Oriol Servia, Marco Andretti, Nelson Philippe, Graham Rahal, Danica Patrick

レイホールレターマンラニガンレーシングにインディ500での勝利を取り戻した琢磨選手

2020年12月31日


https://www.indycar.com/News/2020/12/12-30-BMartin-Top-3-Sato-Indy-500

第104回インディアナポリス500での注目の一つに、だれがインディ500での2勝目をあげるのかというものがあった。この年のインディ500でスターティンググリッドにラインナップされた33台のなかで優勝経験者は8人。その中で複数回優勝しているのはエリオ・カストロネベスだけだった。

結果的にその注目の通りとなったが、少々意外なドライバーがレースを制した。

本命と目されたスコット・ディクソンのインディ2勝目を阻止したのは佐藤琢磨だった。

琢磨は打倒ディクソンへの手ごたえを確実につかんでいた。

事実、ディクソンは200周中の111周をリード。琢磨がレースをリードしたのは27周だけだったが、レースを通じてディクソンについていくだけの十分な速さがあった。

琢磨は徐々にディクソンを追い詰めて185周目にラップリードを奪い、しばらくはディクソンとのつばぜり合いを演じたが、196周目に琢磨のチームメイトであるスペンサー・ピゴットのクラッシュで出されたコーションによってレースはそのまま終了し、決着がつけられた。

「琢磨は周回遅れの中でも速く、その中で最後はディクソンを十分に引き離していた」「琢磨にとってインディ500での2勝目は素晴らしいレース内容だった」と、チームオーナーのボビー・レイホールは絶賛する。

琢磨にとってはアンドレッティオートスポーツから参戦した2017年にカストロネベスとの激しいバトルを制して以来のインディ500での優勝。いずれも最強チームの最強ドライバーを制しての勝利だった。

「ディクソンやエリオの様なインディカーを代表するドライバーと激しいレースができたことをうれしく感じます」「2017年のエリオとのレースも最高でしたが、今年も最強のドライバーとのレースになりました。明らかにディクソンはプラクティス、予選、からレース中盤を通じて最強でしたから」「決勝レースは最終スティントのラスト30周に全力が出し切れるように集中しました。そのレースで一番重要な部分でそれまでに積み重ねてきたすべてを出し切って、運も含めてすべてがうまくいったと思います。すごくうれしいですし最高に満足しています」と琢磨はコメント。

2012年のインディ500では琢磨は同じくレイホールレターマンラニガンレーシング(RLLR)から参戦。最終ラップでレースをリードするダリオ・フランキッティにバトルを仕掛けながらもクラッシュでレースが終了。琢磨はダリオへの祝福と果敢な挑戦者への称賛の拍手の中でサウスシュートに止まったレースカーから降りることになったが、そのレースでも琢磨は最初のスティントでRLLRでインディ500を優勝できる手ごたえをつかんでいた。

2018年にRLLRに復帰した琢磨にとって、2012年に取り逃したインディ500での優勝をこのチームにもたらし、レイホール、レターマン、ラニガンの3人のチームオーナーを喜ばせることが第一目標になっていた。

そして、その目標を達成する日は2020年はいつもよりも3か月遅れでやってきた。

「チームオーナーはボビー、デイビッド、マイクの3人ですが、自分のレースカーの資金的な準備は全部マイク・ラニガンのおかげなんです。彼のおかげでレースに参戦ができています」

マイク・ラニガンはシカゴに拠点を置く重機製造会社のMi-Jackの代表を務め、創業者である父のジャック・ラニガンの代からMi-Jackはインディカーでのサポート活動を行ってきている。創業者のジャックは2019年1月に逝去し、ラニガン家にとってはインディ500での優勝は悲願となっていた。

「2013シーズンからAJフォイトレーシングに移籍して4年間を過ごし、その後はアンドレッティレーシングに行きましたが、その間もボビーとマイクには「いつウチに戻ってくるんだ?」とことあるごとに聞かれていました」

2013シーズンからRLLRはボビーの息子のグラハムの加入が決まっていたものの、2台目を走らせるための資金は準備できていなかった。その結果、琢磨はRLLRでのシートを失う形になり、琢磨に目をつけていた偉大なドライバーが率いるAJフォイトレーシングへ移籍することになった。

「マイクがレースカーを用意して待っていてくれたんです。本当に彼には感謝しています。アメリカの家族の元に戻れて本当にうれしかったです」

そのアメリカの家族の中には英国から来ていたエンジニアのエディー・ジョーンズがいた。エディは2017年いっぱいで仕事を引退して英国へ戻る予定だったが、琢磨のチーム加入を聞いて急遽帰国を取りやめて単身アメリカに残る決心をしていた。エディにとってもインディ500優勝は悲願で、結果的にエディはインディ500優勝という最高の勲章を手に故国へ凱旋して行った。

「最高のエンジニア陣でした。エディは元はレースカードライバーでポコノやニュルブルクリンクを走った経験もあるんです。それに、レースカーデザイナー、レースカービルダーとしての経験もあってレースカーのすべてを知り尽くしているんです。彼との相性は最高で、仕事をスタートさせた初日から完璧な二人三脚でした。」

琢磨の2回目のインディ500優勝は2017年の勝利とは少々違った形で達成されたが、果敢な動きと確かな速さ、そしてチームの一体感もあって、スリリングで内容の濃いものとなった。

「今回のインディ500優勝は前回と同じようであって、全く違ったものですが、インディ500で勝つためにはチームにすべてのものがそろって一つにならなければいけません。今回は自分がその一つになれたということです。インディ500で優勝した時の感動は2017年も2020年も全く同じです。ただ一つ違うことがあるとすれば、今回は2012年の分も取り戻したということでしょうか。インディ500初優勝は言葉では言い表せないものでしたが、2回目の経験でもそれは同じで特別で言い表せないものでした。」

「でも、今回はフィニッシュの時は前回と比べてだいぶ落ち着いてましたよ」

変見自在?偏見自在⑤ トリプルクラウン

2020年09月21日

世界三大レース=トリプルクラウンと言えば、「インディアナポリス500、ルマン24時間レース、モナコグランプリ」。

今年はこのうちのインディ500とルマン24時間レースの2つのみが開催されたが共に日本人ドライバーが制する結果になった。

佐藤琢磨選手はインディ500での2勝目。中嶋一貴選手はルマン24時間レース3連覇という偉業達成で日本人ドライバーが共に世界の頂点に立ち続けるという日本のモータースポーツ史上かつてない状況となっている。

もし現役日本人F1ドライバーがいて、モナコグランプリも制していればと思うと夢は大きく膨らむ。

「トリプルクラウン」と呼ばれる偉業は様々な形でスポーツ界に存在する。

アルペンスキーでトリプルクラウンと言えばW杯もしくは五輪での「回転、大回転、滑降」の3冠同時獲得で、これまでにトニー・ザイラー(AUT)とジャン・クロード・キリー(FRA)の二人だけ。

ゴルフのトリプルクラウンはシングルシーズンでの「マスターズ、全米オープン、全英オープン」3大会の制覇で1953年のベン・ホーガンのみ。

「マスターズ、全米オープン、PGAチャンピオン」と言う括りを含めると2000年のタイガー・ウッズもこれに相当する。それでも歴史上この二例しか達成はない。

グランドスラムと呼ばれる「マスターズ、全米オープン、全英オープン、PGAチャンピオン」の4つのタイトルをキャリアの中で獲得したのはジェネ・サラザン、ゲーリー・プレイヤー、ベン・ホーガン、タイガー・ウッズ、ジャック・ニクラウスの5人。

テニスでは「全豪、全仏、全英、全米」4大大会のグランドスラムとなり、キャリアの中でグランドスラムを達成したのは男子シングルスで8人、女子シングルスで10人と、比較的大人数となる。

日本の競馬での三冠と言えばJRA3歳クラシック三冠[の「皐月賞、 東京優駿(日本ダービー)、 菊花賞」で、達成馬は7頭。

このようにスポーツ界には様々な三冠やグランドスラムがあるが、モータースポーツでのトリプルクラウン達成はたった一人しかいない。

グラハム・ヒルはモナコグランプリで5勝(1963–65, 1968, 1969)し、インディアナポリス500には1966年、ルマン24時間レースは1972年に優勝してトリプルクラウンを達成。

この3レースともに参戦したことがあって、その中で1勝でも上げたことがあるドライバーは19人。

そして現役ドライバーとしてトリプルクラウン達成の可能性があるのは現在は二人のみ。

ファン・パブロ・モントーヤは2000年にインディ500で優勝。F1転向後の2003年にモナコグランプリを制して2015年にはインディ500での2勝目を挙げてトリプルクラウンに王手をかけている。

モントーヤはインディカー、フォーミュラ1、NASCARカップと3つのメジャーカテゴリーを制している3人のうちの一人でマリオ・アンドレッティ、ダン・ガー二ーと肩を並べている他、デイトナ24時間レースでは3回の総合優勝があって、トリプルクラウン達成のポテンシャルを十二分に持っている。

今年(2020)のルマン24時間レースにLMP2クラスから参戦したもののDNF。2018年にもLMP2クラスで参戦し、その時はクラス3位で表彰台に乗っている。

2015年オフシーズンにはWECのルーキーテストに参加してポルシェのLMP1カーをドライブしたがポルシェでのルマン24時間レース参戦は叶わなかった。


トリプルクラウン達成を掲げて今年のインディ500に参戦したフェルナンド・アロンソは2006年07年とモナコグランプリ2連勝。ルマン24時間レースには2018年19年と中嶋一貴選手(今年で3連勝達成!)と共に2連勝し、あとはインディ500での勝利を狙っている。

2017年のインディ500デビュー戦では琢磨選手の横からとなる5番グリッドからのスタートで、一時はレースをリード。結局エンジントラブルでレースを終えているが、トリプルクラウンを十分に達成できるポテンシャルを大いに見せつけた。

そんなアロンソだが、2019年インディ500ではマクラーレンから参戦したものの、インディ500での実績がほとんどないに等しいカーリンとのジョイント参戦であえなく予選落ち。2020年インディ500ではポールポジション獲得の実績があるシュミットピーターソンを買収したマクラーレンから参戦したが、シボレーエンジンではホンダエンジンの優位性に太刀打ちできなかった。


ルマン24時間レースを統括するACOはレースカーレギュレーションを改正してアメリカのスポーツカーレースの最高峰のIMSAスポーツカー選手権のDPiクラスをベースとした「LMDh」クラスの新設でIMSAと合意した。

つまり、IMSAに参戦するキャデラック、アキュラ、マツダは事実上ルマン24時間レースに参戦可能となる。

今シーズンまでアキュラはペンスキーと組んでDPiクラスに参戦してきたが、アキュラはペンスキーとの2021年以降の契約をしないことを発表。代わってデイトナ24時間レース総合優勝連覇をしているウェインテイラーレーシングとGTクラスでの実績があるメイヤーシャンクレーシングと契約することを発表。これまでよりも参戦活動を拡大する方向にある。


史上二人目のトリプルクラウン達成はあるのか?どちらが先になるのか?

モントーヤもアロンソも年齢的に二人とも今後残された時間は長くはない。
個人的には2021年に同時達成を期待したい。


そんな夢の大記録を後押ししたのは共に「夢のパワー」であることを願わずにはいられない。

え?バトルが少なかった?

2020年09月13日












昨日のレースは全く仕掛けられない”パレード”と別物で少なくともこれだけのアクションがありました。

パッシングを成功させるのは難しかったにしても、つばぜり合いはそこかしこでありました。

IMSオーナー、ロジャー・ペンスキー氏からのメッセージ

2020年08月20日



インディアナポリスモータースピードウェイのファンの皆様へ

この日曜日に開催される第104回インディアナポリス500に皆様をお招きでなかったことは本当に残念でなりません。

無観客でのレースにはなりますが、参戦ドライバーたちは世界最高峰レベルのレースを皆様にはご自宅でお楽しみいただけるようにレースに向けて準備を進めております。

このような困難な状況の中であっても、この毎年恒例のイベントにおいて友人知人たちといつものようにレースを観戦されることを楽しみにされていたことは重々承知しています。

何十万人ものレースファンの皆さんが、このインディアナポリスモータースピードウェイに訪れて「バックホームアゲインインインディアナ」を感じ、贔屓のドライバーに声援を送り、その大歓声がエンジンサウンドと一体化してスピードウェイ中に響き渡るシーンが今年は無いことが残念でなりません。

インディアナポリスとインディアナ州にとってインディ500は無くてはならないものです。インディアナポリスではインディ500が開催される5月こそがレース関係者のみならず地元企業にとって経済活動の中心になってきていたからです。

しかし、このマリオン群における新型コロナウィルスの感染拡大に際して、無観客にてレースをしなければならないということは苦渋の選択でした。

長い準備期間を経てスピードウェイとインディカーシリーズのオーナーとなり、収容人数の25%におさえての観客動員を目指してきましたが、レースファンの皆さんの健康と、この偉大なレースを絶えることなく維持することの方が重要であることを鑑みて今回の判断に至りました。

2021年のインディ500でご来場の際にはリニューアルされた様々な場内施設、新たに30基増設されたLEDビデオスクリーン、5Gのネットワーク環境、更新された売店や洗面所、多くの皆様に優勝車両を見ていただけるように表彰台へリフトアップさせる装置など、さまざまな新しい設備が皆様をお迎えすることになっています。

私が初めてインディ500に父親に連れられてきたのは14歳の時でした。1951年で優勝はリー・ウォーラードでした。その時に私は彼のヘルメットを借りてそのレースカーのコクピットに座らせてもらうことができました。その時のことが忘れられませんでした。

その時の感情が今の私につながっています。私はスピードウェイとインディカーを後世に残していかなければならないと思っています。それゆえ、レースを楽しんでくださる皆さんの存在が何よりも重要だと思っています。

皆様にはご理解のほどよろしくお願い申し上げます。
来年ここでまたお会いしましょう。
”drivers – start your engines.”

ロジャー・ペンスキー